なっつあん今昔

名取の熊野那智神社は地元で「なっつあん」と呼ばれている。
昔、熊野那智神社がある郄舘山は賑わいを見せていたお山であり霊場だった。
今それを復活させたいとの思いで私たちは動いている。
大上段に構えてはいない、歴史を繋ぐ、それで善いのだ。

この方はブログで名取の歴史を書いていて私も良く覗いているのだが
そこに第二回那智の結びまつりのことをコメントしてくださった方がいて、
そして、早速それをブログにも書いてくださり、本当に嬉しい。
身内以外のチカラが動いている今年は嬉しいことが一杯で、
会う人会う人感謝で抱きつきたくなるから止めるのに苦労してしまう。



いよいよ熊野那智神社の第二回那智の結びまつりは14日今度の日曜日。
今日はおまつり担当のササキ氏と、
入院中の山田宮司に最終確認をしながらお見舞いに行った。


神社に通い始めて10年が経ち、
イベントなどで関わって4年になった。
神社境内のことは手に取るように判るようになっているな、と
ベットの上にいらっしゃる宮司とお話ししていて感じた。


神社に戻ると宮司に代わり神社のお世話をしてくださっているYさんがいらしてくれた。
お仕事で御多用と思いきや、掃除、旗、ござ、拝殿のお供えと
一人でやってくださっていた。
気と呼吸法のセミナーとボサノヴァライブ、そして愉しい水辺展の会場となる
広い社務所はかつて「那智の結び塾」の寺子屋として使用した愛するところ。
そこもYさんの手によって掃き清められていた。


古い建物は人の手が入るか入っていないか顕著に現れる。
一昨年の春「那智の結び塾」が始まった頃はカビ臭く、ホコリっぽく
気の流れも滞っていたようだった。
それから人々の気が流れ、慈愛のような暖かみが宿ってきたようだ。
この頃は入った瞬間に「人を受け入れる空間」になりほっとしている。


当日くることができないYさんは熱心に拝殿の開け方から、紅白幕のかけ方やらを教えてくださる。
彼女に昨年のような堅さはもうない。
やっとできた信頼関係。
相手の言動は私の鏡だから、きっと私が替わることが出来たのだと嬉しくなった。
Yさんからの期待も感じ取れ、
ことしも誠実にこころ清らにしておまつりに向かおうと、再認識した。


そしてYさんと、おまつりたくさん人が来ますからあとで報告しますと、別れた。
しかし正直、おまつりに何人の方が来てくださるかはわからない。
500枚準備するプログラム、何枚残るか、残らないのか。
子供達はたくさん来ないかも知れない、来るかも知れない。
ただスタッフ全員で愉しんで、せいいっぱいやるだけだ。


神様はみているから・・・


次の更新はきっとおまつりのあと。