魂の親のような人

メンター
それは
良き助言者、指導者、顧問という意味。
ギリシア神話に登場する賢者「メントール」が語源)

人生や、仕事の師であり、自分がお手本にしたい人である。


なんでもアメリカののベンチャー企業の経営者は「タイガーセッション」と呼ばれるメンタリングを受けるそう。なぜ「タイガー」かって…
先輩経営者や経営のプロがメンターとなり、その経営者を血みどろになるまで噛み付くから!
普段、周囲に厳しいことを言ってくれる人がいない孤独な経営者こそメンターの存在は大きいのだと思う。


私はイエスマンを必要としていない。
かつてイエスマンな女性の仲間で周りを固め、自分も彼女達のイエスマンになっていた、15年前のこと。
居心地が良く(本性を隠し)、問題も起きず(面倒は避けて)、しかし、振り返るとちっとも成長していなかった。
気が付いてから関係の終わりはそう遠くは無かった。


褒めて育てるのも大切だが、親が子を叱るのは愛しているからだ。
嫌われようが、好かれようが問題じゃなく、そこには一方向の想いだけが存在している。
しかしそれは、他人ではなかなか難しい行為だ。


しかししかし、自分には人の成長を止めることは出来ない、余計なお世話魂が住み着いている。
時にかなりきつい言葉を人に言うことがある。
その前に…あなたを愛している、と心から粒子を放出し「賭け」に出るのだ。
その時いやな気分にさせても、必ず本人は気づき前を向く。
可能性が溢れ、耀くものを秘めている、でも本人が迷っていたり気が付いていない、そんな人に私は言いたくなる。
その人と知り合った意味、役目だとも思っている。


さて、私のメンターの存在はと言うと、モチいます。


イエスマンについてもう一言。
エスと言ってもらうより、相手に共感、納得してもらい、オッケイ!と言わせるほうが私は好き。